怪しくないよ、創価学会

‌皆さんは、創価学会という名前は聞いたことがありますよね?

 

「ソウカァー、ガッカァ~~~~~~イ♪」

 

というメロディーを、ラジオで聞いたことがある人も多いんじゃないでしょうか?

テレビでコマーシャルもやってるし、このインターネット上のサイトの広告にだって、「世界に広がる創価学会」と度々出て来ます。

今回は、「創価学会って何ぞや?」って人のために、創価学会について、要点を絞って説明しようと思います。

加えて、創価学会が決して不審な団体ではないということも、説明したいと思います。

 

法華経を信じる団体

創価学会は、法華経という宗教を信じる団体です。

法華経とは、仏教の宗派の1つとされていますが、その中でも、教の王とされていて、数ある仏教の宗派の頂点に位置づけられています。

浄土宗、臨済宗、天台宗、真言宗、律宗など、歴史を勉強したことがある人たちなら、聞いたことがあるでしょう。

その頂点なのです。

 

 

頂点?

はい頂点です。

頂点ということはつまり、これ以上はない、ということを意味します。

つまり、仏教としては最高の教えなのです。

 

そして、創価学会がやっている活動とは、極端に言うなら、南無妙法蓮華経と祈ることです。

これが全てになります。

これ以外にも活動は色々多岐に亘りますが、これが全ての根本になります。

創価学会が行っていること全ては、このお題目南無妙法蓮華経を繰り返し唱えながら、「こうしてああなってやるぞ!!」と願って力と勇気を持ち、自分自ら行動して、人生を切り開いていくことなのです。

そう、自分からどんどん勇気を出して、勝ち取っていくのです!!!

 

世間での評判

そうです、やましいことなど何もないのです!!

創価学会がやっていることは、ここまで説明した通り、人間として当たり前のことです。

自分から勇気を出して、人生を勝ち取っていく。

これのどこが、おかしいというのでしょう?

全くおかしな部分など無いのに、世間では、創価学会は危ない宗教団体だ、創価学会は暴力団とつるんで何やらやらかしている、などといった噂話が、これでもかと囁かれています。

インターネットで「創価学会」と検索をかけても、創価学会は池田大作が情報を捏造しているだの、顕正会と同じカルト団体だの、そんな悪情報でいっぱいです。

今では、それも昔ほどではなくなりましたが、それでもまだまだ沢山あります。

 

まぁ、ネットで検索をかけると、学会の公式ホームページが一番上に出るんですがね。

一番上に出るということは、みんながそのサイトを一番クリックしている、すなわち一番信頼している、ということとほぼ同じです。

だから創価学会は危なくない、危なくないなら創価学会は大丈夫だ!!!

……と言いたいところなのですが、一応、学会が危ない宗教団体だと思われている原因を、説明しておきます。

 

宗教?なにソレコワい!!!

おそらくこれが、みんなが創価学会を忌避する一番の理由だと思います。

 

宗教という単語を聞いただけで、何だかおどろおどろしい、優しい言葉、前向きな言葉で近付き、導いてきて、徐々に徐々に洗脳していく、そんなゾワッとする恐怖があるんじゃないでしょうか?

世界には、創価学会の仏教以外にも、三大宗教としてキリスト教、イスラム教がありますが、これらの有名な宗教でさえ、基本的に無宗教な日本国民にとっては、取り付く島もない、といった印象ではないでしょうか?

キリスト教は、ヨーロッパやアメリカといった西洋文化のもの、

イスラム教は、アラビア半島やアフリカ北部の砂漠地帯のもの、

だから、それらの地域に住んでいない自分らには関係ない、こうして宗教などなくても生きてる。

余計な色のするものなど持ってくるな!!

 

…といった感じで、忌避しているのかと思います。

 

まぁ、例えば、エホバの証人などにまとわりつかれたとしても、多くの日本国民には、西洋的な異文化な香りが甚だしいので、はね除けられる理由になっているのかと思います。

こうした、ある意味安全が保障されてる(?)有名な宗教でさえこれなんだから、よくわからん宗教なんて尚更です。

オウム真理教が世間を震え上がらせたことは有名ですよね。

創価学会と関わりあり、っぽい顕正会も、東京でのヨドバシやらアニメイトだのでの強引な勧誘が、問題になっています。

オウムや顕正会が、宗教という概念に悪い、ドス黒い色を塗っているのは間違いないでしょう。

 

早い話が、皆さん宗教という単語が、アレルギーになっているのです。

そのため、目の前の人物が創価学会員だと知るやいなや、或いは学会が宗教だと聞くやいなや、ゾワッとして、ちょっと逃げたくなるのでしょう。

 

ウチは昔から◯◯宗なんじゃ

創価学会は仏教であり、日蓮宗に属します。

仏教といえば、古くから日本人が信仰してきた宗教であり、最初に語った通り、様々な宗派があります。

あいにくと無宗教な日本人にとっては、この「様々な宗派がある」というだけで、なんだかそれぞれでオカルトじみていて、信じていいもんかなぁ~、という固定観念もあるでしょう。

あるいは、その家でずっと信じてきた、属してきた宗派の系列があって、そこから離れるのが嫌だ、なんて場合もあるかも。

 

心配要りません、

もしそのように、家自体に宗派があったとしても、そこから無理矢理にでも抜け出し、捨て去れ、なんてことはありません。

家には家で宗派があり、それでも学会の日蓮宗も信じる。

これで良いじゃありませんか。

「どっちかにつくことこそ、白黒つけることなんじゃあ!!!」

なんて、考えなくて良いんです。

全くバチなんて当たりません。

むしろ、バチが当たる原因は他にあります。

心配せずに、南無妙法蓮華経と唱え、願いまくりましょう。

 

 

他には、仏教の宗派以外にも、ウチはキリスト教だ、カトリックだ、なんて場合だって当然あります。

このような場合でも同様です。

白黒つけなきゃ、という考えはこの際忘れましょう。

南無妙法蓮華経と願い祈れば良いんです。

これだけで良いんです。

南無妙法蓮華経と口にした瞬間、私はイエス様を捨てた、罪深し!!!ぐああああああっ!!!!」

なんて考える必要は全くありません。

むしろ、こう考えることこそ罪に近いです。

 

 

補足すると、創価学会に入ったからといって、死んだら学会の墓に入らなきゃならない、なんてこともありません。

安心して題目を唱えましょう。

 

 

え?入る意味なんてあるの?

元々、家が他宗教・宗派に属しておらず、宗教という単語に抵抗が無かったとしても、それでも、学会に入ることに抵抗がある人はいます。

創価学会の存在や善性が知れ渡りつつある今、このような人は増えています。

学会が決して悪い存在ではない、と知りつつも抵抗があるのには、最初に述べた宗教へのアレルギーもちょっとはあるのかもしれませんが、

入ったところで意味なんてあるのか?

という考えが大きいことが挙げられます。

 

創価学会の活動の根本である、「こうしてああなってやるぞ!!」と願い、南無妙法蓮華経と繰り返し唱え、行動する力と勇気を得ることは、私たちが普段から繰り返している、日常生活の行動と全く同じです。

変わったところなんてありません、仕事でも遊びでも何でも、自分で決めて、行動してなんぼなんですから。

ただし、「南無妙法蓮華経と繰り返し唱える」という部分を除いては。

 

なぜ、願う際に南無妙法蓮華経と口にすべきかは、別の記事で書く予定なのでさておき、この「変わったところなんてない」というのが、

別に学会になんて入らなくてもいいじゃん、

このままでも、自分は十分幸せだ。

といった考えに至らせる原因にもなっています。

 

 

そう、そうなのです。

しかしここで、それをも承知であえて学会に入る利点を挙げさせて戴くと、

これも、別の記事で述べる予定ですが、法華経は、この世界の根本法則であり、信じることで福運が自分に完全に味方するようになります。

自分が持つポテンシャルを、最大にまで発揮できるようになるのです。

 

 

例えば、何かしら熱中しているスポーツや、対戦型なゲームがあったとしましょう。

勝負は白熱し、自分と相手で中々勝負がつかない。

そんな中、勝負を分けるのが、だったりするのです。

より具体的には、お互いのコンディションや、その時の天気などの、不確定要素です。

 

そんな不確定要素すらも、味方につけて勝つ!!

そのようなことが、できるようになります。

勿論、大前提として、自分の頑張りは不可欠です。

「運は待つものではなく掴むもの

これがまざまざと現れます。

 

 

これを、人生にも置き換えてみましょう。

 

人生といえば、皆さんも知っての通り、なかなか上手くいかないことで有名すぎます。

その人生が、上手くいくのです。

上手くいく、と言うと正確には違いますが、結果として上手くいきます。

自分の身に降りかかる全ての出来事が、自分の一番良い人生に導いていきます。

そうです、一番良い人生です。

良いことも悪いことも、自分の願いや、それによる果てしない努力も、そして周囲の環境による運の流れさえも、完全に味方につけてしまうのが、この南無妙法蓮華経です。

まぁ実際のところ、南無妙法蓮華経なんて唱えなくても、運の良い人はいます。

そして運の良い人は、先述の「運は待つものではなく掴むもの」ということを知っていて、運のメカニズムについて、理解していることが多いです。

しかし、そのように「運」を知っていて、かつ運が良い人がいる一方で、逆に運が悪い人もいます。

これら、運の良い人、悪い人、関係なく、全ての人が最高の運に恵まれる祈りこそ、南無妙法蓮華経です。

 

そうです、最高の運に恵まれるのです。

 

つまり元々運が良い人は、更に運が良くなる、ということです。

 

 

逆に言えば、自分のやりたいようにずっとやれてきて、運も良い、って人でさえ、その運が、突拍子に悪くなる、ということも、あり得るということです。

例えば、トントン拍子、とはいかなくとも、スラスラスララ拍子で人生歩いてきたぜ、なんて人が、突然病魔に倒れる、なんてことは少なくありません。

その病魔さえも、最高の運と生命力で乗り越えてしまえるのが、南無妙法蓮華経なのです。

 

 

自分は間違いなく運も良いし、幸せだ、そんな宗教じみた祈りなんぞに頼る必要もない、オレはオレで行くぜ、

とかって考えてる人、ちょっと考え直してみませんか?

 

公明党が信じられない

創価学会を怪しいと考えてる人の中には、創価学会が支持母体を務める政治政党、公明党が怪しいから、と感じている人もいます。

 

2018年現在、政治不信が進んで久しいです。

現在政権に就いている自民党安倍内閣ですが、アベノミクスが失敗に終わったり、支持率が半数を下回っていたりと、国民の評価は良くないようです。

その前の政権民主党も、あまり評価は良くありませんでした。

言ってしまえば、日本国民の大多数が、

「政権なんぞ、与党なんぞどこだって同じだ。」

と考えているのです。

一応、全ての政党の中で、自民党がダントツの支持率を誇り、与党として君臨していますが、正直な話、国民の皆さんが自民党を選んでいる理由は、

「とりあえず、自民党なら一番間違いはない、だって他の政党はもっとダメダメだから。」

という、消極的なものだと思うんです。

 

このように、政党政治に全く期待が持たれていない状況では、公明党だって、期待なんてされる訳がないのです。

期待をされていないどころか、

何やらかした、コレやらかした、失言した、だの不祥事や良くないことばかりがニュースで流れ、その結果、

「やっぱり政治家はダメだ、こんな具合じゃ、裏でもあれこれ手引きしてるに違いない、黒いことしやがる!!!」

などと、猜疑心さえも持ってしまいます。

まぁ、この辺は、週刊誌やら、日刊〇ンダイのせいもあるかと思いますが………。

 

政治に期待していないどころか、政権自体が腐敗している、と考えている人さえいるので、そのような人たちにとっては、政党は全て悪者、みんな同じクチだ、なんて考えだったりします。

悪者というか、悪い部分もある、といった感じでしょうか?

とにかく、政治家の黒い部分、悪い部分を、過剰に意識しまくってるというか。

 

政治家や政党はいちいち黒いし、やるべきこともやれない、こんなんじゃ期待なんぞできん!!!

 

というのが、大多数の国民の総意ではないでしょうか?

中には、政治家の皆さん頑張ってますね、大変ですね優秀ですね、という人もいそうですが、そんなお疲れ様で良く良く働いてる部分を差し引いても、やっぱり政治家は白ではなく黒寄り、って感じなんでしょう。

 

 

こんな風にして、

政治家はダメだ、誰がやったって同じだ、もっとバイタリティー溢れる人が上に立たなきゃダメだ!!!」

なんて思われているから(バイタリティーはホントかな?)、公明党もその煽りを受けているのです。

 

しかし、公明党が今まで政党としてやってきたこととは、公式ホームページなどにも書かれている通り、

「庶民と共に歩む」

ということなのです。

公明党は結成当時から、票にならない案件に対して、真剣に考え取り組んできました。

なんでかって?

それは庶民の、国民の人々の生活を良くするためです。

 

 

はい、当たり前です。

当たり前ですね。

この当たり前の姿こそ、国民の人たちが求める、国民の生活が第一、というヤツです。

公明党は、嘘でない、本当の国民の生活が第一を掲げ、結成からここまで頑張ってきました。

小学校、中学校の、義務教育への教科書配給を実現したことは有名です。

北朝鮮ミサイルに対して、「いざという時に日本国が自衛を!!」を目的に、憲法9条の改定、共謀罪の成立を行えたのも、公明党のおかげです。

まだまだたくさんありますが、後は公式ホームページ等を見て戴くこととして…………。

 

 

「え~~~、大したことやってねーじゃん!!」

 

とか思う人もいるかもしれません。

しかし、何事も、1つずつなのです。

庶民目線に立って、

「今1番に解決するべきは、良くするべきなのはこれだ、よし、まずはここから市民の人たちのために動いてみよう。」

と、改善するべき点を決め、行動してきたのです。

一気になんてできません。

時代に合わせ、政党としてできることを見極め、

「ここをこうしたら、市民の人たちが生活しやすくなるんじゃないか?よしやるぞ!!

と、1つ1つ少しずつ、国民市民の人たちの、前向きな生活のための穴埋めをしてきたのです。

その中には、先述の、票にならない案件も含まれます。

今に比べて昔は、そんな案件がこれでもかとあったことでしょう。

しかし、全てを庶民目線で見て、

「たとえ議会で評価されずとも、そんなものより庶民だ、国民だ!!!

と、日本国の最底辺の底上げをせん、といった感じで、政策を行ってきたのです。

最底辺(ひどい)に対する政策なので、国会からは

「はぁ!!??」

などとも思われたことでしょう。

「そんな小さなことを、くだらないことを、やってどうする?」

みたいな批判に対しても、決してぶれることなく、庶民前進のための改革を行ってきたのです。

 

その結果はどうでしょうか?

 

 

結果は、今や公明党は自民党と並んで与党となり、日本国の政治に、間違いなく影響を与えています。

「票にならず、評価されずとも、全ては国民市民のためっっ!!!」

ぶれずに徹底して貫いた結果、この現状があります。

最初は批判も多かったし、こんな公約でマニフェストで大丈夫か、なんて思われてて、ずっとずっと野党だった。

評価なんてさほどされなかった、注目もあまりされなかった。

だけど公明党は、庶民国民市民のためをどこまでも貫き、長い長い評価されぬ時代を過ごし、与党として咲いたのです。

小さな1つ1つの日本国の底辺の穴埋めが、ついに功を奏す時が来たのです。

 

長くなってしまいましたが、公明党が信じられる存在であることが、理解できたでしょうか?

いや、これだけでは、理解できないかもしれません。

でも、公明党はすごい存在だったのだと、理解できる時が必ず来ます。

公明党は、怪しくなどありません、昔から掲げる正義は、公明な政治なのです。

 

 

・創価学会は、最高の宗教法華経を信じる団体である。

・法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱えて自分の願いを祈れば、人生が運に恵まれていく。

・創価学会は、その他の宗教団体のように怖くはないし、異世界な感じもない。

・公明党は公明な政治を掲げ、庶民のために地道に頑張ってきたからこそ、今の国民からの信頼と、与党の地位がある。

 

創価学会が決して怪しくない存在であることが、おわかり戴けたでしょうか?

えっ?こんなんじゃわかんねーよ?

大丈夫です、わかるときが必ず来ます。

わからない人は、「そういえば怪しくないとか言ってたヤツがいたな」、とでも覚えておいてください。

ではでは。